家計と向き合うことは自分と向き合うこと

もの

家計の現状を知ることで、これまでの自分のお金の使い方を突きつけられました。

いかに自分がこれまで無駄なものを買ってきたかー

周りの目を意識したもの、SNSを見て「欲しい」と思わされて購入してきたもの。

”ストレス発散”や”自分へのご褒美”などと、自分自身に言い訳をしてー

買い物の高揚感と、その後に残る虚しさ

一体、今までいくら使ってきたんだろうー

服を買ったときの高揚感は、買った瞬間がピークでした。

旅行や飲み会も楽しかったけれど、満たされる気持ちは瞬間最大風速のように一瞬で去ってしまい、またその瞬間が欲しくなる、その繰り返し。

今同じことをやろうと思っても、もう同じようには楽しめない。体力も時間も、そして気持ちも違う。

楽しい思い出がたくさんできたことも事実。

そういった経験をして良かったのだとは思います。

仕事に感じていた「生きづらさ」

けれど、振り返るとあの頃の買い物や娯楽は、仕事に感じる生きづらさを紛らわせるためのものでした。

私は国際線に乗務するようになり、自分の仕事に自信を持てなくなっていきました。

国内線ではドリンクサービスなので余裕があり、お客様と話したり楽しく乗務していたのですが、国際線に乗務するようになってからは路線ごとの異なるサービスに慣れない上マネジメント業務も加わり、自分の容量の悪さ、仕事のできなさに打ちのめされる日々。

楽しくて大好きだったCAという仕事にやりがいを感じられなくなったのです。

疲れや時差を引きずりながら帰宅すれば、家事や育児が待っている。

帰宅途中に服を買うことも習慣化していました。

働いてストレスを感じ、その発散のためにお金を使う。そしてまた働いて、またお金を使う。そんな無限ループのような日々。

この生活を維持するために今の仕事を続けているのか。
それとも、この仕事を続けているから、生きづらさを紛らわせるための娯楽を求めてしまうのか。

退職前から、心の中では気づいていました。
このまま働き続けても、「今使うお金」しかないことに。

未来に備えるお金と、失うことへの恐れ

子どもの学費や自分たちの老後資金など、未来に備えるお金を準備できていない現実。

だからこそ、「定年まで働き続けなければ」と考えはするけれど、心も身体も全力でそれを拒んでいる。

仕事をやめれば、安定した給与や「会社に属している安心感」を失ってしまう。そんな漠然とした不安が頭をもたげていました。

CAは転職に活かせるようなスキルがあるわけでもない。年齢も年齢だし…と、そんな言い訳を重ねながら、仕事から逃げ出すことができなかったのです。

モノを買うことで、仕事を続ける理由をつくっていた

服を買うことで「また頑張ろう」と思い込み、仕事を続けるモチベーションを保とうとしていた私。

でも、本当はそんな小さな満足では埋められない心の穴を、ずっと見ないふりをしてきただけだったのかもしれません。

家計管理、お金の使い方と向き合うことで、仕事に対して無理をしていた自分に気づきました。

お金の使い方には、その時々の自分の心の状態が映し出されるー
そう気づいて、ようやく本当の意味で「暮らしとお金を見つめ直すスタートライン」に立てた気がしています。

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