教育資金や老後資金…不安ばかりが募って、何から手をつけて良いかわからない…
私はかつて、このような状況でした。
夫婦で組んだ、頭金なし6000万円の住宅ローン(新築戸建て)
数年おきに買い替える新車
勧められるがまま入った保険(ドル建て終身・学資・医療保険)
ストレス発散のための買い物(服、服、服ーっっ!!)
当然のことですが、働いても働いても、貯蓄はまったく増えません。(そりゃそうだ)
でも、今は違います!
持ち家を売却し賃貸に住み替え、住宅ローンはゼロに!
車を売却!
保険も火災保険(個人賠償責任補償付き)と自賠責保険のみに!
買い物への執着もなくなりました。(1シーズン上下2着ずつ!)
「足るを知る」くらしに変わったのです。
この記事では、そんな私がくらしとお金を立て直すまでの過程をお話しします。
ブログ「くらしよくする」へようこそ!
はじめまして!まゆみと申します。
私は1978年(昭和53年)生まれ、最近忍び寄る更年期を感じ始めた47歳。
東京の団地で、夫(50代前半)、子ども3人(大学生・高校生・小学生)と暮らしています。
私は新卒から25年、国内線・国際線CAとして働いていました。
就職で東京に出てくるまでは、福岡の田んぼに囲まれたのどかな田舎町に住んでいました。
もう実家で過ごした期間よりも、東京で暮らした期間の方が長くなってしまいました。
それでも年に1、2回は必ず帰省するほど、実家が、福岡が大好きです。
「当たり前」という思い込み
家を買って一人前。
子どもがいるなら、車を持つのは当たり前。
病気や怪我で働けなくなったら困るから、保険には入っておくもの。
長い間、私は疑いもせず、そういった考えを持っていました。
みんなそうしているから。
そうしないと不安だから。
「育休で収入が減ったらどうする?」「本当に払い続けられる?」
そんな肝心なことを話し合うこともなく、銀行マンが「払える」というのなら払えるのだろうと、6000万円以上もする都内新築一戸建てを頭金なし、35年ローンで購入。
保険も、勧められるがまま加入。
車も、当然のように所有していました。
買っても買っても、満たされない
仕事で海外に来た開放感もあれば、仕事でうまくいかないストレスを言い訳をするように、服を買って気持ちを紛らわせていました。
周りもおしゃれな人ばかりで、気づけば物欲を刺激される環境。
服はたくさんあるのに着たい服がない。
買っても買っても、満たされない。
本当は欲しいものがあるのに、高いからと少し廉価なものを「これでいいや」と妥協買い。
結果満足できていないのでまた欲しくなる。
まさに負のループでした。
共働きだったので、家計はなんとかなっていました。
でも、貯蓄はまったく増えない。
しかし根本的なことには向き合わず、教育資金も老後資金も、
「2人で働いていれば、なんとかなるでしょ。」
そんな甘い考えで、お金と向き合うことから逃げていたのです。
義母との同居、そして気づいた恐怖
戸建てに引っ越した頃から、義母と同居することになりました。
同居当初はまだ元気で、保育園の送り迎えなどを手伝ってもらっていました。
でも、年齢とともに少しずつできないことが増えていく。
デイサービスの利用、食事の用意、介護…
義母には年金がなかったため、費用はすべて私たちが負担。
家事の負担だけでなく、金銭的な負担も一気に増えました。
仕事との両立がより一層大変になり、「何のために働いているんだろう…」と途方に暮れました。
そしてようやく気づきます。
このまま老後資金も準備できないと、私たち夫婦も子どもたちに同じ思いをさせてしまう!
私たちには年金がある。でも、それだけじゃ足りない。
その恐怖にも似た思いが、私たちを突き動かしました。
何のために、この仕事を続けているのか
深夜便、早朝便、時差のある国際線。
体力的にきつくなっていました。
後輩の成長、自分のサービスでお客様に喜んでいただけることに大きなやりがいを感じていました。
しかし、育成を任されるようになり、業務時間外の対応も増えるように。
休み中もずっと仕事のことを考えるようになり、次第に負担が重くなっていきました。
泊まり勤務の前には、家を空ける間の食事の準備、洗濯、掃除…
膨大な家事を済ませてから、家を出る。
仕事前からぐったりですが、その後10時間を超える長距離国際線の乗務。
でも住宅ローンはペアローンため、私が仕事を辞める理由にはいかない。
今の暮らしを維持するために、この仕事を続けている
足枷を付けられている気分でした。
このまま仕事を続けるしか道はないのか。
自問自答を繰り返す日々でした。
立ち止まって考えた、コロナ禍
そんな中、コロナ禍になりました。
それまで仕事や家事、育児に追われ、時間にも心にも余裕がなかった毎日。
コロナをきっかけに仕事がほぼなくなり、思いがけず、家族と過ごす時間が増えました。
泊まり勤務は、自分だけの時間が持てることが嬉しいと思っていた。
でも、家族と濃密に過ごす時間が、思いがけずとても充実していたのです。
ちょうど40歳を迎えた頃。
忙しさに押し流されていた日々がふっと止まり、
「私はこれから、どう生きていきたいんだろう」
「何を一番大切に過ごしたい?」
そんなことを、あらためてじっくりと考える時間ができました。
そして心の底から湧き上がってきたのは「家族と過ごす時間を大切にしたい!」という強い思いでした。
初めて歩いた!
歯が抜けた!
自転車に乗れた!
仕事で家を空けている間に見逃してきた子どもの成長の数々…
「話を聞いてほしかったとき、お母さんがいなくてさみしかった」と娘に言われた一言。
このままだと子どもと過ごせる限られた時間を、失ってから気づく未来が目に見えていました。
皮肉なことですが、家族と過ごしたくて買ったはずの家が、いつの間にか一番の重荷になり、冷静な判断ができなくなっていた。
「この家があるから」という理由で、選択肢を狭めてしまっていたのです。
「お金の大学」との出会い
このままじゃいけない。
でも、何から始めればいいのか分からなかった私はネット検索し、良いと言われていた書籍も片っ端から読みました。
お金に関する本だけでなく、節約、断捨離、ミニマリストまで。
そこで出会ったのが、書籍「お金の大学」とその著者リベ大両学長のYoutubeでした。
奨学金は、子どもに借金を背負わせることになる。
家は、賃貸でいい。
保険は、公的保障で足りない部分を補うもの。
車は、金食い虫。
これまでの自分のお金の使い方が、お金を失う原因だったんだ!
頭をガツンと殴られるほどの衝撃を受けました。
でも同時に、こう考えたのです。
不要なものを手放し、お金の使い方を見直せば、今の生活は変えられる、と。
家族を巻き込んで、変えていった
夫と何度も話し合い、簡単ではありませんでしたが、一つずつ見直していきました。
保険、車、そして家。
手放す決断をしました。
退職するかどうかは、4年ほど悩みました。
でも心は決まっている。
そして早期退職制度の後押しもあり、2024年に25年勤めた航空会社を退職しました。
「辞めるのはもったいない」
「この歳で辞めて、この先どうするの?」
周囲からも散々言われ、私自身も不安が山ほどありました。
それでも、一度立ち止まって、人生を立て直したい。
その気持ちのほうが強かったのです。
「足るを知る」ということ
これまで、仕事をして得たお金を何に使い、何が残ってきたのか。
振り返る作業は、本当にしんどくて、正直、何度もやめたくなりました。
でもその時間があったからこそ、私の中にあった
「当たり前」
という価値観が、少しずつ崩れていきました。
足していった先に幸せがあると信じ続けてきました。
もっと良い家。
もっと良い車。
もっとたくさんの服。
でも、どれだけ手に入れても満たされなかった。
もがき続けたからこそ、ようやく気づきます。
もうすでに持っている、と。
人の欲にはきりがない。
けれど足していった先に幸せはない。もっともっとと求め続けても、満たされることはない。
そのことにようやく思い至りました。
「足るを知る」
このブログのテーマは、この言葉に辿り着きました。
持ち物を減らし、
保険を見直し、
車を手放し、
家を手放し、
足るを知る暮らしへ整えていくうちに、お金だけでなく、心まで軽くなっていきました。
このブログについて
現在は家族5人で団地暮らしを楽しんでいます。
お金の問題が全て消えたわけではありません。
しかし、子どもと過ごせる「今日という一日」を大切に暮らしています。
このブログでは、
・家計を見直して気づいたこと(固定費削減の具体的な数字も公開)
・保険・車・家の手放し方
・夫や家族の理解を得るコツ
・妥協買いをやめて起こった変化
・早期退職後のリアル
・実際に使ってよかったものやサービス
を、綴っています。
「頑張っているのに、苦しい」
「このままで私の人生、後悔しない?」
そんな気持ちを抱えたまま、日々を過ごしている人がいたら、この場所が、ほんの少し立ち止まれる場所になればうれしいです。
凝り固まった価値観を一枚ずつ剥がしていけば、がんばらなくていい。
小さな一歩(例えばサブスクを一つ解約する、モノを一つ捨てる)から人生は変わり始めます。
これからは自分軸で、自分の人生を歩き始めてみませんか?
自分が幸せなら、周りの人も幸せです。
はある

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